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◆夫婦で世界一周





写日記38.ラクダでサハラ

モロッコ(メルズーガ、マラケシュ)

2008年5月6日〜5月15日



サハラ砂漠を見るためにジブラルタル海峡を越えた。だから僕にとっては、シャウエンの白い町並みもフェズの混沌も前菜に過ぎなかった。前菜だって何が出るか楽しみだし、美味しいもんだけど、それだけじゃ腹一杯にはなれない。


腹を満たすためにやって来たのが、放っておけば目の前の砂丘に飲み込まれてしまいそうなメルズーガという小さな村。アルジェリアとの国境にほど近いモロッコの辺境だが、砂漠を売りにした観光地化が急速に進んでいる。今は大きめの集落という感じだが、数年後には「町」になるんじゃないだろうか。


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メルズーガ。暑い日中には村人もほとんど歩いていない


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すぐそこまで砂丘が迫ってきている


メルズーガには日本人のノリコさんが経営するWilderness Lodgeという宿があって(注:2008年6月にノリコさんはWilderness Lodgeを去り、近所に新しくCHEZ NORIKOという宿をオープン)、日本人旅行者のオアシスとなっている。すぐそこは砂漠という土地で、日本人のサービスを享受できるとは幸せなことだ。


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居心地のいいWilderness Lodge


砂の世界を堪能するため、ラクダの背に乗って砂漠を横断するツアーに参加した。ツアーと言っても参加者は僕と嫁さんの二人だけ。ガイド兼コックとしてベルベル人の青年アスーが二泊三日お供してくれる。


日よけ&砂よけのための布をアスーに巻いてもらっていざ出発。ラクダが立ち上がるときの揺れが予想外に大きく、危うく「ラクダ」しそうになったのはご愛嬌。


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ラクダに乗っていざ出発!


村を出て三十分もすると僕らの視界は砂丘の高さを越えることはできず、既に砂漠のど真ん中にいる気分。自分たちのほかに存在する生き物の気配は、砂の上に細い軌跡を残しながら早足で逃げる白いトカゲのみ。そいつですらめったに見られない。


風が吹くと砂が動く。舞い上がるというのではなく、砂丘の上を這うように砂が動くのだ。その様は砂が風に吹かれているというよりも、北極圏の夜空に舞うオーロラが砂丘に投影されてゆらめいているみたいだった。


暑さを避けるため夕方に出発したので、砂丘は時々刻々赤みを増している。砂丘は全体としては女体のような色気のある曲線なのに、尾根の部分はナイフのようにシャープで、太陽の光を陽と陰に切り分けていた。


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アスーが先頭を歩き、


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その後ろに僕らのラクダが続く


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絵に描いたような砂丘


初日は二時間も歩かないうちに終了。あっという間だったが、股が外れそうだったので助かった。鞍に座るには積んでいる荷物も一緒に跨ぐために、両足を大きく広げなければならない。その状態で何時間も揺られるのは結構つらいのだ。


アスーが晩飯の用意をしてくれている間に砂漠を散歩した。ラクダに乗っているときには見当たらなかったが、フンコロガシがそこここにいる。フンコロガシたちは可愛い足跡を描きながら軽快に歩いているが、僕らは砂に足がとられて四苦八苦。砂丘のてっぺんに座って夕日を眺め、一番星を探した。


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一日目の行程が終了。砂丘に登ってまったりと……


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せわしなく動き回るフンコロガシたち


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この世界を二人占め!


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三百六十度、砂漠です


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夕方から夜へ


日が暮れると砂漠の世界は寒く、暗くなる。ロウソクの火に囲まれての食事。アスーが作ってくれたナスとジャガイモと羊肉のタジン(モロッコで一般的な煮込み料理)は、お世辞でもなく、雰囲気のせいでもなく、モロッコに入ってから一番うまい料理だった。飲み物が激甘のハーブティー(モロッコで定番の飲み物)なのは残念だったが。


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ロウソクに囲まれて食べるタジン。うまかったです


天気もいいし、毛布もあるので、テントではなく外で寝ることにした。アスーが砂の上に即席ベッドをこしらえてくれたが、これがなんだかこっ恥ずかしい。砂漠に敷かれたマットレスに真っ白なシーツをかけ、その上に枕が二つ。照明はロウソク。妙なエロさを感じてしまうのは僕だけだろうか。


満天の星。風の音。それだけの夜……。


なんとも言えない幸福感に包まれながらの就寝だったが、夜半過ぎに顔に当たる砂が痛くて目が覚めた。風が強くなってきたみたいだ。毛布を頭までかぶって防御したが、翌朝目覚めると耳の中まで砂だらけ。やっぱり自然って優しいだけではない。


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翌朝、砂まみれの不快な目覚め


朝食を済ませて脱糞。せっかくだからフンコロガシを喜ばせあげようと彼らのすぐ目の前にブツを落としたが、一、二回探りを入れると、何もなかったようにどこかへ行ってしまった。フンコロガシに相手にされない僕のフンって一体……。


昨晩吹き出した風は弱まらず、舞い上がった砂が視界を白けさせていた。カメラもろくに取り出せず。布で顔を覆い、股が痛くなってきたら横座りし、二日目の宿泊地となるノマド(遊牧民)の家へと向かう。


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布越しでもある程度は見える


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ラクダの家族


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股が痛くなってきたら横座り


砂丘地帯が終わると砂利に覆われた荒野が広がる。さらに向こうには、アルジェリアの国境に続くテーブルマウンテンのように平らな小高い丘がある。砂丘とテーブルマウンテンに挟まれたその荒野にノマドの家があった。小さな土壁の家が一軒、テントが一つ、鶏小屋が一つあるだけ。


着いてから分かったことだが、ここはアスーの家だった。彼には母親と弟と妹がいた。聞けば父親は亡くなったということなので、十七歳にしてアスーが一家の大黒柱ということなのだろう。急にアスーが大きく見えた。


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ラクダが口をもぐもぐとやるのは愛嬌あります


僕らはテントに招かれた。同居人は子ヤギとネコ。この子ヤギが、僕の背中を駆け上がって肩に乗ってきたりとめちゃくちゃやんちゃで困った。子ヤギが静かなときは、寝転んでひたすら本を読んでいた。


しかし、読書も楽じゃない。とにかく暑い。乾燥しているからあまり実感はないが、汗はものすごくかいているはず。気付けば顔や足がベトベトだ。そこに砂がついてザラザラ。不快この上ない。


何よりも耐え難いのがハエ。ハエの一匹や二匹は許せる。でも十匹や二十匹は耐えられない。殺してもキリがない。かと言って、放っておくこともできない。飛んでるとうっとおしいし、体に止まられるとこそばい。だから足を揺すったり、腕を振りながらの読書。


「冷蔵庫の水が飲みたい!」、「ハエのいない冷房の効いた部屋が欲しい!」、「シャワーを浴びたい!」と快適さを求める欲望がむき出しになる。環境問題を語るのなんて、一定の快適さを確保した人間の驕りと偽善なのかも、とそんなこともチラリと頭をかすめたり……。


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この子ヤギちゃん、めっちゃやんちゃです


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ごろごろと本を読むばかり


夕方前に砂嵐がやって来た。それは遠くから、音も立てずにやって来る、不気味な黄色い砂煙だった。アスーが砂嵐に備えてテントの布を下ろしてくれたが、詰めが甘かった。砂嵐がテントを飲み込むとあらゆる隙間から砂が入ってきて、ただ垂れ下げただけのテントの布は舞い上がった。僕らは風に逆らって布を引っ張り下ろし、大きな石で押さえて、やっと居住空間を確保した。


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迫ってきた砂嵐


アスーや母親は日常茶飯事なのか、砂嵐の中でもしばらくは平然と歩き回っていた。しかし、さらに嵐が激しくなるとみんな土壁の家に避難したようだった。


砂嵐は一向に止まず、さらに悪いことに雨が降り出した。まさか砂漠に来て雨に降られるなんて!ゆっくりだけど雨はテントの布を濡らし、水の重みで天井がだんだん低くなっている。その中で、雨漏りを気にしながら晩飯を済ませると、アスーが土壁の部屋に案内してくれた。よかった、よかった。さすがにテントで眠る気にはなれない。


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土壁の部屋は風雨をしのげるだけでありがたい


翌朝は昨晩の嵐がウソのような青空。母親は朝から木の枝を振り上げてヤギたちに向かって何か叫んでいた。タフな女性だ。厳しい自然が人間をそうさせるのだろう。感動的な別れをするでもなく、僕たちはノマドの家をあとにした。


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台風一過の翌朝。青空が気持ちいい!


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アスー青年と記念撮影


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ラクダにも慣れて余裕の表情


四時間ほどでメルズーガの村が見えてきた。小さな村といえども、ここには電気も水道もガスもある。アスーの家より、僕の慣れている環境にずっと近い場所。安堵感と疲労感を半分ずつ覚えながら、二泊三日の砂漠ツアーは終了した。


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メルズーガの村が見えてきた


アスーがまともに話せるのはベルベル語だけで、あとはモロッコの公用語であるアラビア語を少しと、英語、スペイン語、フランス語をそれぞれわずかに知っているだけ。込み入った話はできないけど、別に困ることもなかった。むしろ下手なおしゃべりより助かった。彼はこれからも一家の家計を支えるべく静かにラクダを引っ張り続けるのだろうか。


センチメンタルな気分でアスーと別れたが、その後、ノリコさんが「ああ、アスーね。あの子のお兄さん二人がこの村で商売やってるのよ。ラクダも何頭か持ってるし、大した資産よね〜」とサバサバ話すのを聞いて、拍子抜けしたような安心したような……。でも、本当にしっかりした好青年だった。


砂漠ツアーを終えてからも、Wilderness Lodgeの居心地のよさになかなかメルズーガを去ることができなかった。早朝や夕方に砂丘に上ったり、本を読んだり、ホームページを更新したり、嫁さんに髪を切ってもらったり、そんなことをしていたらあっという間に数日過ぎていた。


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ラクダが村のそこここに


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ただいま散髪中


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夕方、村の前にある砂丘に上ってみる


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うーん、最高!


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逆光の砂漠


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砂漠の色も時間帯と天気で様々に変わる


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風紋の美しさにも見惚れてしまいます


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地平線に沈む夕日


僕らが滞在中にWilderness Lodgeで起きたちょっとした事件。その晩、僕らはノリコさんと、ここで知り合ったタカさんとテーブルを囲んで雑談していた。そのとき突然、イスの下から一匹の子ネコが現れた。痩せこけ、ヒゲを切られた気の毒な姿だったが、なかなかの美人ネコ。


降って湧いたような出現に驚きはしたものの、ノリコさんは「トイレを作らないとね〜」とすっかり飼い主気分。フランス語でイスを意味する「シェーズ」という名前を決める際には僕らも関わったので、ちょっと思い入れがある子ネコちゃん。これからも宿の看板娘として元気でいてほしい。


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ノリコさんと、イスの下から生まれた子ネコのシェーズ


重たい腰を上げて、モロッコ最後の目的地マラケシュへ。巨大なメディナを有するモロッコ一の観光地だけあって、旧市街にはフランス人を始めとした観光客がわんさか。一方、新市街にはモロッコらしからぬ、最先端ファッションを提供するすました店舗もあるらしい。いろんなモノを凝縮して詰め込んだ都会、それがマラケシュだ。


活気あふれるメディナでは買い物だけでなく、モノづくりの現場も見学できる。商店を営む人の多くは観光地ずれしているが、職人たちはいい笑顔で接してくれる。職人技を眺めて、一言二言言葉を交わすだけで和やかな気分になれる。


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僕はフェズのメディナよりマラケシュのほうが好きだ


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メディナ内には絵になる光景があちこちに転がっている


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バブーシュ(皮製のスリッパ)のスーク(市場)


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黙々と皮のポシェットを作るおじさん


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黄色い花がきれいな木。その下では職人が皮に刷毛で色を塗っていた


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鍛冶屋のスークはこれぞ男の世界!って感じ


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染色した糸を乾かしているところ


ジャマ・エル・フナ広場は毎晩お祭り騒ぎ。ヘビ使いのおっさん、踊る楽器団、怪しげな薬を前に講釈をたれている人……、そしてそれを取り囲む人々。あちこちに面白い風景が展開されているが、ここで下手に写真を撮ると「チップをよこせ」と迫られるので見てるだけ。


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ジャマ・エル・フナ広場にはオレンジジュースの屋台がたくさん


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夜の広場はこういう輪があちこちにできてお祭り騒ぎ


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屋台からは煙がもうもうと


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この屋台はツーリストプライスの上、あまり美味しくなくてがっかり


マラケシュで、イースター島で出会い、ブエノスアイレスでお世話になったケイ君と約四ヶ月ぶり再会した。久しぶりに会ったケイ君は随分髪が伸びていた(それにちょっと太った?)。それだけ時間が経ったんだ、としみじみ。


特に期限を決めない旅を続けていたケイ君が帰国を見据えていると言う。マラケシュに着いた日に「もうここで終わりだな」と感じたらしい。そういうインスピレーションで長旅の幕を閉じるのはケイ君らしくていい。


僕らの旅も残り三ヶ月。最近、終わりが見え隠れし始めている。期限のある旅だからケイ君のような旅の終え方は望めないが、彼のように満ち足りた穏やかな表情で終わりを迎えられたらと願う。


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モロッコの締めくくりはケイ君との再会!



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