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◆夫婦で世界一周





写日記40.テロ支援国家の人々

シリア(アレッポ、ハマ)

2008年5月27日〜5月31日



中東。パレスチナ問題を抱えたややこしい地域で、なんだか物騒だというイメージがある。好戦的な人々が住む血生臭い土地ではないのだろうか……。その一方で、神聖なモスクをランドマークに持つアラビックな町に、観光地ズレしていない敬虔なイスラム教徒たちが穏やかに暮らしているという絵も浮かび上がる。


今回中東を旅するに当たって、この両極端な二つのイメージのどちらが目の前に展開されるのかを楽しみにしていた。別に「中東情勢を見極める」なんて気負ったものではなく、ただ普通にこの地を旅するだけで何らかの手応えが得られるだろうという気楽なものだ。そして、中東一ヶ国目がシリアだった。


シリアはどちらかと言えばマイナスのイメージが強い。反米政策をとっているためアメリカからは『テロ支援国家』というレッテルを貼られ、北朝鮮と仲良くやっているとも聞く。そしてビザの発行状況が流動的というのも、一旅行者として不安定な国だという印象を受ける。さてさて、どんなものなのか……。


シリアの概要。北をトルコ、東をイラク、南をヨルダン、西をレバノン、イスラエル、地中海に囲まれ、アラビア半島へと続いていく砂漠地帯も存在するが、農業に適した肥沃な土壌の地域もある。現在アメリカの禁輸措置で経済は伸び悩んでいるが、商業、工業、鉱業、農業のバランスもよく、教育水準が高いため、潜在的な成長力は高いとされている。


首都ダマスカス、石けんが日本でも評判のアレッポ、水車で有名なハマ、ユーフラテス川に面したデリゾール、そしてパルミラ遺跡といくつかの観光地を挙げることはできるが、観光大国に成長するのは難しそうだ。僕らも観光のためというより、エジプトまで陸路で南下するための通過国としてシリアを捉えていた。


なので宿泊したのはアレッポとハマのみ。シリアで断トツ一番の観光地であるパルミラ遺跡ですら、南下のルートから外れるという理由で行かなかった。


まず最初に訪れたアレッポ。トルコでは物価の高さに泣かされたので、シリアでは安食堂で腹いっぱいになるまで食べれることが幸せだった。アレッポ石けんを気に入った嫁さんが勢いよく購入するのを横目で見つつ市内散策。なんら期待せずに行ったアレッポ城は、入り口から見上げる姿になかなかの風格があった。


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アレッポ石けんを物色する嫁さん


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そびえ立つ様子に風格を感じるアレッポ城


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アレッポ城から下界を見る。どこまでも灰色の町


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フレッシュジュースの屋台。安くてうまい!


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シリアのスイーツはかなりレベルが高い


一番楽しいのはスーク(市場)のそぞろ歩き。あまりガツガツしていない商売人が多いので、ゆっくりとからかい歩くことができる。チャドルに身を包んだおばさんたちが過激な下着を手にとって悩んでいたり、土産物屋の主人が客がいるのにも気がつかないで舟をこいでいる光景などは微笑ましかった。


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屋根に覆われたスークは昼間でも薄暗い


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スパイス屋からは異国の香りが漂う


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こちらもスパイス屋。商売っ気のなさそうなオヤジさん


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肉屋で見つけた牛の骨格標本


スークの中にあるモスクに入ってみた。そこは外とは一線を画す静かな祈りの空間。大人たちは真剣に祈りを捧げていたが、子どもたちは嫁さんが気になるらしい。わざとらしく目の前を何度も行ったり来たりしている。神聖なモスクに入るため、全身を隠す布を覆った嫁さんの姿がおかしかったからに違いない。


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モスクの中には外とは違う空気が流れている


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このおじさんたちは祈っているのか、眠っているのか不明でした


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モスクに入るためこんな格好にさせられた嫁さん。まるでネズミ男


次はハマ。名物の水車にはがっかり。中には夕方ごろからライトアップして見映えをよくしている水車もあったが、周辺の水からは下水のような匂いが漂い、羽虫が無数に飛んでいて不快なこと極まりなかった。


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なかには絵になる水車もありましたが……


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こりゃないっしょ。周辺の匂いと羽虫がひどかった


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ハマで見つけたケーキ屋。手が込んでいて、しかも一個数十円という安さ


ハマから日帰りで訪ねたクラック・デ・シュバリエという昔の要塞はなかなか。日本人の間では「ラピュタに似ている」と評価されているが、草花に彩られた石造りの要塞や高台から下界を見下ろす感じは、確かに天空の城に近いものもある。……かなぁ。


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丘の上に立つクラック・デ・シュバリエ


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当時の技術の粋を集めた不落の要塞


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一緒に行ったトモエちゃんとリョウタと


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堀もあるあたり日本の城と似ています


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「夏草や……」の句が似合う雰囲気


正直に言うと、シリア観光で大きな感動を得ることはなかった。しかし、友好的なシリア人たちのおかげで思いがけず楽しい時間だったことも事実だ。まず何より治安を心配しなくていいのがいい。治安に関しては慎重に言葉を選んでいると思われる『地球の歩き方』でさえ、「治安については心配無用」と言いたげだ。


スークの店ですら押しが強くないし、ボってくることもそうそうない。ちょっと言葉を交わしたり、写真を撮らせてもらうと、じわ〜っといい笑顔をする人が多い。しかしこれは男性に限った話で、残念ながら女性の素性を知るには至らなかった。食堂や商店で働いている女性はほとんど見なかったし、町なかを歩いている女性はどことなく近寄り難い雰囲気があったからだ。きっとコーランの教えに従うとそうなるのだろう。


あと、ガキにはいたずらっ子も多く、中にはタチの悪いのもいた。旅行者が集まると「ガキに靴を投げられた」とか「ガキにチーノ呼ばわりされた」などガキの行儀の悪さがよく話のネタになるが、そのオチは近くのオヤジがガキをしばいてくれたというものが多い。なかなか健全な近隣社会だと思う。


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なんでそんなおどけた表情してんの?


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恥ずかしがっておじいちゃんの後ろに隠れちゃった男の子


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卵屋のおじさん、なぜかしょげてます


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黒いチャドルに身を包んだ女性たちには近づき難い


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悪ガキたち。こいつら僕のあごひげを引っ張ってはしゃいでました


というわけで、シリアのお偉い方がどんな思想を持って国の舵取りをしているかは知らないが、少なくとも一般市民は良識を備え持ち、平穏な日々を望んでいる人たちだというのが僕の結論。


それを裏付ける話を最後に一つ。荷物を日本に送るためアレッポの郵便局に行ったときだった。一人のおじさんが荷造りや発送の手続きを手伝ってくれた。折れた左の蔓の代わりに、ボールペンをセロテープでつなげた眼鏡をかけていた。


おじさんと一緒に発送の作業をしているとき、郵便局にボロボロになったダンボールを持ってきた女性がいた。表にはイタリアの宛先がマジックで書かれ、中身が入っている。ダンボールが原形を留めていないのはどういうことなんだろう。


「イタリアはアメリカと仲良しだからシリアが嫌いなんだ」とおじさんが説明してくれた。テロ支援国家からの荷物なんて危なっかしくて税関を通すわけにはいかない、ということらしい。さらにおじさんが続けた。「シリアは戦争が好きな国だと思われているが、戦争なんてまっぴらさ。見てごらん。アメリカのほうがよっぽど戦争好きじゃないか」


たった五日間の滞在だったが、数え切れないほどの親切と笑顔を差し出してくれたシリアの人たちを思い出すと、この国を『テロ支援国家』と呼ぶことに違和感を感じずにはいられない。そう、おじさんの左耳に載っていたボールペンのように。


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路上の靴修理屋。いい笑顔


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散髪屋を営む主人と家族たちは通りすがりの僕らをやたらともてなしてくれた


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ジュース屋のオヤジもナイスガイでした



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