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◆夫婦で世界一周





写日記52.終わりと始まり

南アフリカ(ピラネスバーグ国立公園、プレトリア)

2008年7月19日〜7月24日



嫁さんがハンドルを握っている横で、僕は『Lonely Planet(英語のガイドブック)』をパラパラとをめくっている。南アフリカの高速道路はさすがに快適だ。プレトリアにはもう二時間もあれば到着するだろう。トラブルも多かったけど、断然楽しかったキャンプ生活の日々を思い出して少しセンチメンタルになっている。


しかし感傷に浸ってばかりもいられない。レンタカーの返却日に遅れないよう、日程に余裕を持って移動していたので一日余っている。せっかくだから残り一日も有意義に過ごしたいと、適当な場所を求めてガイドブックを斜め読みしているのだ。そんな僕の目に留まったのがピラネスバーグ国立公園。こう紹介されている。


「サンシティー(ラスベガスとディズニーランドをごちゃ混ぜにしてしょぼくしたようなテーマパーク)のすぐそばにあるからといって、ちゃちな国立公園だと考えてはいけない。動物の種類はライオン、ヒョウ、チーター、ゾウ、キリン、カバ、クロサイ、シロサイ、シマウマと豊富で、園内は道が張り巡らされセルフドライブでの動物観察に適している」


今僕たちが走っている場所からは針路を北に変更すれば一、二時間で着きそうだ。レンタカーの旅、最後の訪問地が決まった。


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三週間ぶりに南アフリカに戻ってきた


ピラネスバーグへは難なく到着。この日は土曜日。ヨハネスブルグやプレトリアから週末を楽しむために来ている人が多いのだろう。一つ一つのサイトが細かく区割りされ、かなりの人数を詰め込むことのできるキャンプ場だったが、そのほとんどが人で埋まっていた。こんな人口密度はアフリカのキャンプ場で初めてだったので異様に映った。ただ、それ以上に異様だと思ったのは「色」だった。


キャンプ場を埋め尽くすのは白。そう、客としてキャンプ場で遊んでいるのは、僕らを除いて見渡す限り100%白ちゃんだった。その中をガードマン、清掃係などの労働者の黒ちゃんが点々と動いている。黒の負けが濃厚なオセロゲームでも見ているようだ。


アメリカでもファーストフードの店員や空港のトイレを掃除しているのはヒスパニック系ばかりという現実があったが、そのときとは次元の違う違和感を感じたのはどうしてだろう。キャンピングカーの陰でいちゃついている白いカップルが目障りだった。


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夜、テントのそばにインパラの群れがやって来ました


翌朝、一番乗りで公園に入った。最初に発見した動物はシロサイだった。つぶらな瞳が優しそうだが、図体はでかい。シロサイと鉢合わせになって嬉しい反面、ゾウやカバの怖さを生々しく経験した僕らは恐怖心も拭えない。だからもっと近づきたいという欲求を抑えつつ、距離は保っていた。


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突然道に現れたシロサイ


そこを後ろから来た車が何食わぬ顔で通過。シロサイは逃げこそすれ、威嚇する様子はなかった。シロサイの臆病な性格に安心して近づいてみることにした。するとびっくり、すぐ左側の草むらにもっと大きなサイが座り込んでいた。


堂々たる角を有する立派なシロサイだったが、その反応の鈍さ、動きの少なさは死期が近いことを示唆しているようだった。さっきのサイがこの巨大シロサイに寄り添い、その背中にあごを乗せ、そして鳴いた。「キューン」という子イヌのような鳴き声は親に甘える声なのか、それとも母の死期を悟った悲痛な叫びなのか……。


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うわ〜、近すぎる。大丈夫か?


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どうやら親子らしい。子どもは「キューン」と鳴いてました


ピラネスバーグは本当に手軽な公園だった。それほど広くない敷地に湖から山岳までいろんな自然があり、道路網が充実しているので動物が見つけやすい。カーマ・サイ保護区で見つからなかったシロサイにここでは四回も会うことができたし、ライオンやチーターといった肉食獣も目にすることができた。


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この写真の中にライオンが二頭います。分かります?


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道に出てきたチーター。車にはお構いなし


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キャ〜、と一目散に逃げるホロホロ鳥。愛嬌たっぷりです


しかし一つ気になったのが、この公園はかなり人工的なものではないかということだった。公園内にはダムが多かったし、森林の焼け跡がくすぶっていた。トラックから放されていた何十匹ものインパラは肉食獣のエサということだろうか。様々な動物が共存するための最低限の介入なのかもしれないが、そういう光景を見るとやはり冷めたものが自分の中に生じるのも事実だった。


しかし、時間つぶしにやって来た公園でこれだけの収穫を得られるとは思っていなかったのでなんだかんだ言いながら僕らは満足してピラネスバーグをあとにした。


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このトラックからインパラが放されていました


プレトリアでティーダ君を返却すると、当たり前のことだが全ての荷物を自分で背負い、自分の足であちこちを駆けずり回る日々が始まった。普通のバックパッカーに戻っただけのことなのに億劫で仕方がなかった。ただ、久々にベッドで眠れることだけは嬉しかった。


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最後にティーダ君と記念撮影


ヨハネスブルグほどじゃないにしても、プレトリアも世界的に見ればかなり治安の悪い都市だと言われている。しかし、町を歩いて危険を感じることはなかった。乗り合いバスも平気だった。警戒アンテナをかなり高くしていたのでトラブルを避けることができたのかもしれないが、悪い人間はほんの一握りで大多数の市民は善良だという一般論はここでも例外ではない。


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プレトリア市内。そんなに危ない感じはしないけど油断は禁物です


欧米風の一見平和そうな住宅街でも鉄条網や鉄格子は当然のように存在する。ピラネスバーグのキャンプ場とは反対に、プレトリアの町なかを歩いているのは黒ちゃんばかりで白ちゃんはほとんどいない。たまに見つけた白ちゃんは必ずマイカーで移動している。同じ土地に住み、アパルトヘイトはなくなったと言えども、黒と白は水と油のように決して混じり合うことはない。


プレトリアのそんな現実を横目で観察しながら、しかし、僕の頭の中をぐるぐると渦巻いていたのは別のことだった。それはキャンプ生活をしながらアフリカの自然を追いかけた一ヶ月間のよき思い出と、これからブラックアフリカの地を重い荷物を背負って旅をしなければならないという近未来に対する不安だった。



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