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◆夫婦で世界一周





写日記53.モザンビーク縦断日誌

モザンビーク(マプト、トーフ、ヴィランクーロ、シモイオ、テテ)

2008年7月24日〜7月31日



7月24日


プレトリアでずっと一緒だった韓国人のサンが、僕らより一足早くヨハネスブルグに向けて出発。ヨハネスブルグなんて僕は絶対行きたくないが、韓国から南アフリカまでずっと陸路で旅をしてきたサンなら大丈夫だろう。気をつけて。よい旅を!


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サンが一足先に出発。よい旅を!


僕らは20時発の夜行バスに乗車。モザンビークの首都マプトに向かう。ブラックアフリカで初めてのバス移動。バスは快適だけど、乗務員の黒ちゃんが横柄で怖いぐらい。ヨハネスブルグを経由するバスだったので、車窓から世界最悪の犯罪都市をのぞいてやろうと思っていたが睡魔に負けた。


しょっちゅう停車しては、乗務員が何かわめている。事故?故障?検問?どうでもいいから静かに寝かせて……。




7月25日


あまりよく眠れないまま朝になり、モザンビーク国境に到着。ビザはプレトリアで取得しておいたので入国はいたってスムーズ。これまで訪れた国で一番情報が手薄なモザンビーク。しかも、公用語はポルトガル語。苦労が絶えなさそうな国だ。


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無事モザンビークに入国


首都マプトに一時間遅れで到着。まあ上出来。バスを降りるとタクシーの運ちゃんに取り囲まれた。最初は尻込みしたが、みんな人当たりが柔らかく、擦れていない。長く続いた内戦のせいで観光客がまだ多くないから、いい素朴さが残っているのかもしれない。


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見かけは怖そうだったけど、モザンビーク人の第一印象は悪くない


マプトは大した見所がないけど、人がいいから嫌いじゃない。でも、宿でもらった地図には「絶対行くな」と書かれたエリアがあるので油断は禁物。


「今は冬だからほとんどいないよ」と宿の従業員がいう蚊の量は日本の夏の十倍ぐらい。ベッドが蚊帳付きだからまだ助かったが、これまで以上にマラリアに注意せねば。




7月26日


朝5時半発のトーフ行きのシャトルバスが到着したのは6時前。早朝の三十分遅れはきつい。もっと寝れたのに……。客のほとんどは僕らと同じくトーフに向かう白人旅行者。


トーフに近づくにつれて、ヤシの木の森が広がり南国を思わせる風景。フィリピンのパングラオ島やコスタリカのコルコバードを思い出す。ゆったりとした時間の流れを感じる癒しの風景だ。


トーフに到着したのは昼の2時ごろだったか。トーフはジンベイザメがほぼ100%見られるというダイビングスポットで、僕らもジンベイ目当てにやって来た。いやもっと言えば、ジンベイを見るという目的のためだけに、モザンビークという得体の知れない国にやって来た。


なのにダイビングショップの姉ちゃんは冷酷に言い放った。「冬の今はシーズンじゃないからジンベイはまず見れないわよ」


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あまり商売っ気のない商店のおばちゃんたち


情報収集不足だった。ていうか、情報ないねんもん!それでもあきらめきれない僕らは、ジンベイをボートの上から探すという翌日のツアーに申し込み、ジンベイとの遭遇を祈った。なんせカバに襲われた僕ら。あの確率をここで引き出せばジンベイに会うなんて屁みたいなもんだ。


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これまでのアフリカとは趣きの異なるのトーフの夕暮れ




7月27日


祈りは届かなかった。その代わりと言ってはなんだが、イルカと一緒に泳ぎ、ザトウクジラの群れを間近で見ることができた。ザトウクジラが潮を吹き、海原で飛び跳ね、尾びれで水を打つ姿にしびれた。そしてボートのすぐそばに見えた影の大きさに震えた。


負け惜しみと言われるのを覚悟で問いたい。「ジンベイザメってザトウクジラよりもすごいですか?」


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あまり近づきすると怖いぐらい。クジラはやっぱりでかい!


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このジャンプのあとの水しぶきがすごかった




7月28日


トーフが済んだら、はっきり言ってモザンビークに用はない。あとはひたすら北上するのみ。目指すはタンザニアのザンジバルだけど、果たして何日かかることやら。


トーフからイニャンバネまではチャパと呼ばれるミニバスで一時間。イニャンバネから幹線道路沿いの町マシシにはモーター付きのボートで三十分。ここまでは情報があったので余裕、余裕。


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マシシ行きのボート乗り場


さて、マシシからどこまで北に進むことができるのか。ここからは行き当たりばったりの勝負となる。モザンビーク北部の中心都市テテ行きのバスを見つけたが、乗り物というよりは倉庫、乗客というよりは荷物という扱いのバスを見てあきらめた。


現実的なのはまず250キロ北のヴィランクーロに向かうことだと分かった。ヴィランクーロ行きのチャパの料金交渉にてこずってると、トーフで知り合ったアメリカ人二人とイスラエル人一人の三人連れが現れた。彼らもヴィランクーロを目指している。押しの強いイスラエル人の彼が頑張ってくれて、ほんのわずかに安くなった。


ハイエースに荷物と人を積めるだけ積むと出発。決して快適ではないけれど、ケープタウンに降り立って一ヶ月、やっと黒ちゃんたちと向き合って旅をしているという実感が嬉しい、楽しい。


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いい顔をした物売りの青年


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前に座っていた女の子。笑顔が絶品


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大きなバオバブを中心とした集落が多い


ヴィランクーロには暗くなってから到着。ギュウギュウ詰めで五時間揺られ、さすがに疲れた。明日はヴィランクーロで一日休むことにしよう。時間に余裕はないけれど……。




7月29日


翌朝4時発のインショペまでのミニバスを予約してから、ヴィランクーロの町を散策。ポルトガル語はできないけど、スペイン語がかなり通じるので助かる。


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どちらかと言うと後ろの女の子をアップで撮りたかったんですが……


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日常の風景が僕には異国情緒たっぷりに感じる


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こういう光景も見慣れました


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日本の中古車はどこに行っても人気


愛嬌たっぷりで憎めない黒ちゃんたちと接していると、ただ楽しくって「あ〜、今アフリカを旅してるんやわ〜」と酔いしれることができた。思うようにいかないことが多いし、快適指数はすこぶる低いのに、淡い幸福感が全身を包んでいた。


僕を幸せにしてくれたモザンビークのお茶目さんたちをご紹介。


・一つ1.25メティカル(約5円)のパンを売るおばちゃんたち。粘って値切ると一人のおばちゃんが1メティカルにまけてくれた。が、その瞬間周りの同業おばちゃんからブーイングが巻き起こり、慌てて元値に戻してしまった


・「タンザニアで70メティカル(約300円)で仕入れたこの布を、100メティカルで売って儲けているんだ!」と得意気に商売のからくりを明かしてきた兄ちゃん。「じゃあ、タンザニアで買うからいらない」と意地悪すると固まっていた


・こぎれいなパン屋で働く真面目そうな青年。カスタードの入ってないクリームパンにクレームをつけると、モリモリのカスタードを入れてきてくれた


・海岸をぶらぶらと散歩中、僕らを手招きで呼ぶ男たち。何事かと思ったら「昼飯を一緒にどうだ」とシマ(トウモロコシの粉を炊いたもの)と揚げ魚を分けてくれた


・ミニバスの料金交渉で決裂したオヤジ。でもその後、ばったり会ったら"How are you?" とにこやかに声をかけてきてくれた


・値切ってもほとんどまけてくれない商売人全般。でも裏を返せば、そもそもぼったくろうとしていないのだろう


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さて今晩は何を食べようか……


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結局、一文たりとも負けてくれなかったパン売りのおばちゃん


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商売下手な布屋の兄ちゃん




7月30日


夜露で濡れたテントを片付け、4時前にバス停へ。当然、まだ真っ暗。モザンビークはいい国だけど、バスが早朝発なのは勘弁してほしい。


一人一席であることを確認してチケットを買ったのに、案の定、途中から乗ってくる黒ちゃんたちに押され気味。結局、補助席を含めて四人乗りの僕らの列には、ほかに夫婦一組とその子どもたち三人、そして青年が一人と計八人が並んで座ることに。仕方がないとあきらめる。


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僕の隣はこんな感じです


お父さんの膝に座っていた隣の男の子は右手で飯を食べ、ちんちんをかき、鼻くそをほじる。その手がこっちに伸びてくるからたまらない。鼻くそをその辺につけようとするその手を軽くはたくと、泣き出してしまった。


「この人がたたいた〜」と言い付けてるのだろう。一斉に視線が集まったので、いや〜、こいつがね、鼻くそほじほじして、それをここにつけるから、"No!"って怒ったんだ、とNo以外は全てジェスチャーで訴えた。すると僕らに同情するような表情を見せて、大人たちは子どもをたしなめてくれた。


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ときどき予告もなくバスが停まり、トイレ休憩となる


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慣れてくると物売りたちとのやり取りも楽しい


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荷物の上げ下ろしに一苦労


バスを乗り換え、夕方にシモイオという町に到着。なんてことのない町だけど、Pink Papaya Guest Houseというバックパッカーズは評判どおり快適。キャンピングカーを宿泊用の部屋に仕立て上げたキャラバン部屋は雰囲気よろし。僕の中ではこれまでで五本の指に入る部屋だった。


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シモイオの市場。やたらとトマトが多い


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プライベート感があって快適だったPink Papaya Guest Houseのキャラバン部屋




7月31日


今日は朝3時半に起きてバス停に向かう。朝早いのはつらかったけど、一人一席を確保できたのでかなり楽。だけど、半日バスに乗っているだけで顔には汗と脂がにじんでくる。爪が黒くなるのはどうしてだろう。


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こんな暗い早朝にバスは出発します


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売り子から買ったゴマパンで飢えをしのぐ


昼前に到着したテテは大きな町。でも、それだけ。一気にマラウイとの国境に向かおうとバスを降りると、嫁さんが足をくじいた。近くの高級ホテルのロビーに嫁さんと荷物を残し、国境までのチャパを探し回る。


国境の町ゾブエ行きのチャパは見つかったがすでに満席。でも車に人を詰め込むのはモザンビーク人の得意技。「人間二人とでっかい荷物が二つ、乗れる?」と聞くと答えは「ノープロブレム」。まあ、予想通りだ。


そのまま僕はチャパに乗り込み、嫁さんの待っているホテルに寄ってもらうことにした。こういうところはわがままを言ったもん勝ち。いつも、こちらは現地人のわがままに振り回されているんだから。


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元気があればギュウギュウ詰めのチャパも楽しい


まるで一家の引越しのごとく人と荷物を詰め込んだチャパはザンベジ川を越え、何本もの巨大なバオバブの横を走り抜ける。国境には三時間ほどで到着した。


国境を越える前に小銭を使い果たそうと、めちゃくちゃ愛想がいいくせに、オレンジの一つもまけてくれない男たち相手に嫁さんは苦戦中。


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国境の町ゾブエにて。最後まで陽気で気さくだったモザンビークの男たち


その光景を眺めながら、ふと、切なさが込み上げてきた。モザンビークの旅がもうすぐ終わる。分からないことだらけで、不安ばかり募らせて入国したモザンビーク。でも今、僕はこの国を去るのを惜しく思っている。やっぱり旅は面白い。


アフリカを旅する楽しさを教えてくれたモザンビーク。明るさと優しさで和ませてくれた(ときにはテキトーでいらいらさせられたけど)モザンビークの人たち。さようなら。



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