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◆旅の雑記帳





16.運試し

カナダ、1999年12月



「オーロラ見に行っとこか!」


大学一回生の時、京都木屋町のとあるバーで友人Kと盛り上がったことがある。二人ともまんざら冗談でもなかったのに、僕の無知が水を差してしまった。後日アラスカまでの航空券を調べて、正規運賃がウン十万もすることを知った。格安航空券なるものの存在を知らなかった僕は、数ヶ月分のバイト代をはたいてまで極北の地に行く気にもなれず、いとも簡単に白紙撤回宣言を出したのだった。


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それから四年後の秋、僕はカナダのバンクーバーにいた。ホームステイをしながら語学学校に通うという生活を送っていたのだが、それももうすぐ終わり。町を包んでいた夏の活気は後ろに過ぎ去り、紅葉した木々たちが通りを彩る季節になんだか寂しさを覚える日々を送っていた。


そんなある日、ダウンタウンをそぞろ歩きしているとツアーのチラシが目に飛び込んできた。行き先はカナダ・ノースウェスト準州のイエローナイフ。チラシには「オーロラ」という文字が踊っていた。なんとバンクーバーから飛行機で三時間も飛べばオーロラが見られる場所があるというのだ。


その日からイエローナイフに行かずして、いや、オーロラを見ずしてカナダを去るなんて考えられなくなってしまった。なんともタイミングのいいことに、一ヶ月後にKがバンクーバーに遊びに来る。ウィスラーへのスキー旅行を予定していたが、楽しいイベントが一つ増えることに異存はないだろう。あいつなら「じゃ、行っときますか!」って二つ返事でノッてくるはずだ。


だけど、僕はすっかり忘れていた。彼は日本で、日常の中で、生きていた。学生とはいえバイトも試験もあった。休学して一年間のモラトリアムを得た僕が一週間の時間を確保するのとはわけが違った。四年越しの夢をKと叶えたかったが、残念ながらそれは果たせぬものだった。


二人以上で申し込めばずいぶん割安になるツアーだったが、一人だと日本から参加するのと変らない料金。そこで僕が次に話を持ちかけたのが語学学校のクラスメートだったカナ。第一印象はぶりっ子。つまり、苦手なタイプ。アメリカ訛りの英語がやたらと流暢なのが鼻についた。なのに不思議と馬が合い、いつの間にか放課後は彼女と過ごす時間が長くなっていた。好奇心旺盛なカナはオーロラツアーへの食い付きも文句なしだった。


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イエローナイフは北緯60度付近に位置するグレートスレーブ湖畔の町。行政都市として建設された人工的な町なので薄っぺらく愛想がないが、「オーロラベルト直下に位置する」、「湖畔のため見晴らしがいい」、「都市としての設備も整っている」などの理由から、世界随一のオーロラ鑑賞に適した町である。


イエローナイフの空港に到着すると、早速ツアースタッフが用意してくれた防寒着に身を包んで鑑賞地点へ直行する。針葉樹林に囲まれた広大な雪原は本来は湖であり、その景観だけでも見応え十分。その横にあるキャビンでは温かい飲み物やクッキーが用意されていて、快適な部屋でオーロラを待つことができる。それとは別に簡素なテントが平原の中に建っていて、こちらはストーブが置いてあるだけの簡易休憩所。僕なんかはこちらのほうが雰囲気があって好きだった。


防寒着のおかげで四肢に寒さは感じないが、顔を刺すような冷気だけはどうすることもできない。スタッフが「まだそんなに寒くないですよ」と指差す温度計は-20℃を示している。人に教えてもらうのではなく自分でオーロラを見つけたくて、雪原に立ち空を見上げては冷えた体をストーブで暖める、ということを繰り返した。しかし、肝心の空は厚い雲に覆われていて、オーロラどころか星一つ見えないまま初日の夜は更けていった。


ニ日目。日中は市内観光。と言っても町中にはたいして見るものもない。こじつけのような観光が終わると、晩は現地の食事に舌鼓を打つ。北極イワナの刺身がサーモンとトロを足してニで割ったような味わいと触感で絶品だったが、カリブーの串焼きはパサパサしていて期待外れ。腹を満たすとオーロラ鑑賞へと繰り出した。


冴えない空。テントで暖を取りつつ、外に出ては念じるように天をにらむ。過去のツアー客が残していった記念写真や感動を伝えるメッセージが恨めしい。そして、この晩も一筋の光の気配もないまま時間だけが流れていった。


僕とカナを含む宿が同じだった五人のツアーメンバーは、宿の名前をとって「ターミガン(雷鳥)チーム」と呼ばれていた。我らターミガンチームはイエローナイフでの時間をともにし、一緒にオーロラへの想いを募らせていた。実ににぎやかな面々だったが、この日の帰りはみんな口数が少なかった。三日間の滞在でオーロラに出会える確率は96%。自分たちが4%の確率にはまってしまう最悪をネタにしても、乾いた笑いが返ってくるだけだった。


ラストチャンス、三日目。


朝から雪、雪、雪。イエローナイフに来てから一番激しい勢いで、町が白く塗りつぶされていく。ターミガンチームの朝食のテーブルには重たい空気が沈んでいた。「自然には逆らえない」なんて分かりきったこと、こんなところで思い知らされたくなかった。


並々ならぬ落胆だったが、日中犬ゾリで遊んでいる間だけは現実を忘れることができた。犬たちの吐く息とマッシャー(犬ゾリ使い)の掛け声だけが、この厳寒の大地で唯一温度あるものに思える。ソリが落ち葉や枝を踏む乾いた音が響く。ふと、見渡す限りの白銀世界に存在する人間は自分たちだけだと気付く。それはなんとも贅沢な経験だった。


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最後の夜、雪は降ったりやんだり。スタッフたちの言葉少な目の気遣いに、今夜も絶望的なことを確信する。こんな極北の町にやってきて、北極イワナを食べて、犬ゾリを体験したというだけでも貴重な体験。この景色、この寒さ、それだけでも価値があるってもんだ。自分にそう言い聞かせながらも、空を見上げていた。


雲が薄くなったのか、星が見えてきた。にわかにみんなはしゃぎだす。この三日間で星を見たのすら初めてなんだから当然だ。灰色だった夜空が本来の漆黒を見せ始め、星の数は見る見る増えていった。オリオン座や北極星、名前も知らない無名の星たちが黒い天球に張り付いていた。が、すぐに薄い雲が星を隠し始めた。その雲がだらりと地上近くまで降りてきた。頭上には淡い光が広がって、雲がゆらゆらと揺れている。


……雲じゃない!


「オーロラ!!!」


気が付くと叫んでいた。ターミガンチームで抱き合いながら、雪原を飛び跳ねていた。消えると思ったら息を吹き返したり、遠くに流れていったと思ったら戻ってきたり、自由気ままに夜空を舞う光にもてあそばれた。いつまでも、もてあそばれていたかった。


オーロラショーは三十分も続かなかったし、一級品とは程遠いものだった。しかし、三日間待たされて4%に片足突っ込んでいたからこそこれだけの感動が得られたのだと考えると、自分のきわどい幸運に感謝さえするのだった。


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