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◆旅の雑記帳





15.ジャンピングバス

ネパール、2000年1月



マヘンドラナガルへと向かっていた。ネパールの西端、インドとの国境に接する町だ。ヒマラヤを仰ぎ見ることのできるポカラから一路西へ、平和な田舎道をバスで行く。


席の並びは日本の観光バスと同じで、二人掛けの席が左右対称に並んでいるものだ。最後部だけ一列の長椅子になっていて、僕はそこを陣取った。しかし、道々で乗客を拾っているうちに車内はすぐに混んできて、結局、その席は定員五名のところに大人六人が並ぶ車内で一番窮屈な場所となった。


左端の窓際で体を小さくする。でも、それほど苦にはならない。窓から見えるヒマラヤの雄々しい峰と、その手前に広がるネパールの田舎の風景は見飽きることがないし、窓ガラスを通して入ってくる熱もほどよく温かかった。未舗装の道をバスは結構な速度で飛ばすので、凸凹で体が宙に飛び上がることがある。激しいときには、天井に頭を打った。そんなときでも、隣のおっさんと苦笑いを交わせば旅の彩りとなる。


おっさんと体を密着させ、時折、悪路に飛び跳ねながらも、眠りに落ちるまでに時間はかからなかった。目が覚めたときにはおっさんはいなくなり、南天にあった太陽はずいぶん傾いて、夕方の空気が濃厚になりつつあった。


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ポカラを出てから路面は悪化の一途をたどり、体が浮く程度の衝撃は日常茶飯事になっていた。一緒に笑ってごまかせるおっさんがいないのがつらい。忘れたころにやって来る間隔と我慢できないことはないけど不愉快だという感覚は、そう、しゃっくりに似ていた。


しかし、ある見事なジャンプの際、席が宙に浮いて床にガタンと落ちたときには、さすがにギョッとした。板を乗せただけの席が、バスが飛び上がった拍子に枠から外れて落下したのだ。運良く板を乗せていた木枠にちょこんと着地したから助かったが、下手すると木枠にケツだけ突っ込む格好になっていたかもしれない。危険だし、何よりも情けない。ウ○チスタイルで流血なんて……。


しゃっくりなんてのんきなこと言ってられたのもここまでだ。そして、僕は理解した。少し乗客が減ったといってもまだ満席に近いバスにおいて、このとき、広い最後部に僕とインド系ネパール人の青年の二人しかいなかったワケを。それは乗客たちが外国人に対する親切や遠慮を示した結果ではなく(僕は勝手にそう思っていた)、競うようにこの席を避けた結果なのだ。ちゃちな座板が置かれただけの、車内一のジャンピングシートを。


青年も座板落下事件のあとは、前方に空席を見つけて移動してしまった。小刻みな振動でずれてきた座板を元に戻したり、大物ジャンプで頭を天井にぶつけたりしながら、一人きりで意地でその場にとどまった。ネタ的にオイシイという打算があったからだ。


けど、バスが夕暮れの山村を走り抜け、漆黒の闇の中を飛ばすようになるともう限界。なぜにここまで飛ばすのか?運転手は客席の惨状を知らないのか?この地獄はいつまで続くのか?寝袋にくるまって横になっても眠れず、巨人につかまれて振り回されたみたいにぐわんぐわんになった脳みそで疑問を感じた。


僕は降参し、這うようにして前進し、二人分の席を使っているおっさんを見つけると愛想笑いで挨拶し、ぐいぐいと体をねじり込ませた。周りを見ると、多くの人がまるで祈るようにして下を向いている。眠っているのか、ひたすら耐えているのか……。ようやくこの車内においては人並みであろう環境を手に入れ(それでも全世界的にはありえない揺れである)、鉄棒にしがみついたまま夢の世界へと逃げ込んだ。


バスは予定通り、十八時間かけて朝靄の立ち込めるマヘンドラナガルの町に到着した。その足で、バスでさらに半日かかるデリーまでの行程を強行したのだから、僕もなかなかのタフガイじゃないか。


あとで知ったところによると世界三大地獄交通機関というのがあるらしい。熱で倒れる人が出るというスーダンの灼熱列車、絶え間ない振動にさらされるパキスタンのバイブレーションバス、そして骨折者が出るという中国のジャンピングバス。


ネパールのジャンピングバスだって負けてはいない。



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