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◆旅の雑記帳




02.暇つぶし

ペルー、2002年3月



ナスカの地上絵はテレビで見た以上のものになりえなかった。セスナには酔うし、自分が目にしているものがプロが捕らえた映像に及ぶことはない。その大きさを実感できればある程度の感動は得られたのかもしれないが、茫漠と広がる荒野に比較対象となるべきものも見当たらない。人間の目は相対でしか大小を認められないらしい。


というわけで、ナスカでの良き思い出をランキングにするとこんな感じだ。
 一位 女将が粋なレストランでの昼食
 二位 明け方のアンデス山中で立ち小便
 三位 地上絵をこの目で見たという実績


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明け方ナスカにバスで到着し、午前中には地上絵を見終わった僕は、昼過ぎにはこれっぽっちの未練もなく南米横断の終点となるリマを目指してバスに乗った。席に座ったものの、バスが出るまでしばらく時間がある。物売りの少女から2ソル(約70円)で買ったコカコーラを飲みながら、窓の外に目をやっていた。太陽が濃い影を描く昼下がりだった。


それほどの交通量があるわけでもないが、一応この町のメインストリートと思われる通りにバスは停まっていた。中央分離帯には去勢されたような雑草やら低木が生えている。排気ガスや砂埃をもろに受けるその場所は、植物仲間の間ではハズレの場所に違いない。そんな場所で眠っている幼い兄弟がいた。人間の、である。小さなふたつの体がくっついて横になっており、微動だにしなかった。幼いふたりが寄り添ってすやすやと眠る様子は炎天下において涼しげですらあった。


「ハードだった南米の旅のもうすぐ終わりか……」 切なさと安堵がないまぜとなった自分の気持ちが、ふたりの寝姿になぜか重なった。


身動きひとつしないふたりを見ていて、ふっと根本的な疑問が浮かんだ。「生きてるんか?」と。瞬間、今まで平和な午後の象徴だった兄弟が悲劇の主人公に変わった。細めていた目を見開くようにして、僕はふたりの中に生を見出そうとしたがそれは無駄な努力に終わった。


親のいないふたりが腹をすかせたまま、人知れず死んでしまったのではないか。空腹のあまり葉っぱや草を口に入れていたのかもしれない。さっきのコカコーラを売っていた少女も貧しい家庭に生まれたに違いない。けど、少なくとも彼女には守ってくれる親がいる。ふたりにはもはや頼るべき大人もいなかったのだ。


強い日差しは死とは縁遠い。それだけにふたりの悲運が色濃い影を伴って際立つようだった。せめてもの救いはネロとパトラッシュの最後を彷彿とさせるようなきれいな顔。天国では何ひとつつらいことはない。存分に幸せになっておくれ。


バスの運転手が乗り込んできてエンジンをかけた。


その振動とけたたましい音で僕は現実に引き戻された。と同時に、大量の黒い煤をくらって夢から起こされた兄弟は不機嫌そうに立ち上がり、自分たちの眠りを妨げたバスが去っていくのを忌々しげに見ていた。眠たそうに目をこすりながら。


……勝手に死なせてごめんなさい。時間を持て余している旅人にとって空想はうってつけの暇つぶしなんです。



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