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◆旅の雑記帳





03.ジャングルでの葛藤

タイ、1999年12月



タイ北部の町、チェンマイ。バンコクに次ぐ第二の都市というには、あまりにもこじんまりとした町だ。この町にジャングルトレッキングツアーを目的にやって来る旅行者は多い。僕はそれが目的でやって来たわけではないけど、他に目的もないので参加してみることにした。


前の晩に手配していたトゥクトゥク(三輪タクシー)が遅れたもんだから、ツアー初日の待ち合わせ時間に遅れてしまった。他の参加者たちの冷たい視線を感じながらトラックの荷台に乗り込む。どうも幸先がよくない。


どうやら日本人は僕一人。他にロンドンの女性五人グループ、スコットランド出身の男三人衆、ドイツ人男性二人、韓国人のチンゾー、そしてタイ人ガイドのアブラハム。


こういう状況では圧倒的な個性が存在しない限り、場のノリは無言の多数決によって決定される。つまりこの場合、誤解を恐れず言えば自己主張が強くてウィットに富んだ発言が飛び交う西洋社会の縮図となる。僕にとって決して居心地がいいとは言えない場になるわけだ。


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ロンドン娘たちはトレッキング(和訳:山歩き)に参加したくせに、歩くとなるとブーブー言う。いかだや象に乗ってるときは、はしゃぎ声がやかましい。つまり四六時中うるさい。そんな彼女らを憎々しく思いながら僕は黙って歩いていたが、食事前に彼女たちとやらしい笑みを交わすのは楽しんでいた。"Chin Chin!"と声高らかに乾杯する彼女たちに、少しばかり日本語を教えてやったのだ。


そんなロンドン娘たちとジャングルでの合コンを楽しんでいるのはスコットランド三人衆だった。トレッキングをちょっとナンパな場にしてしまった三人ではあるが、紳士的な態度が随所で見られる彼らに僕は好感を持っていた。もっとも、スコットランド訛りの英語は噂どおり聞き取りにくく、ほとんどコミュニケーションをとれなかったのだが。


ドイツ人のレイとロバートはそれでなくても口数が少ないのに、絶好の被写体を見つけると無言でファインダーを覗き込んでその場をなかなか離れなかった。いわゆるB型人間。そんな二人については印象深いエピソードがある。


トレッキングの途中である寺を訪れた。その寺は最近建てられたものらしく、金はかかっているが長い時間だけが醸し出せる貫禄はなく、どちらかと言えばチープな印象を与えてしまうような建物だった。それでも、みんなは「へぇ、すごいね」って感じで流していたが、この二人は"It's ugly!(醜い)"と言い切ってしまった。それがいいことか悪いことかは別にして、僕は妙に二人に感心した。


こういう多国籍の場を経験すると、自分が日本人だという以上にアジア人であることを痛感する。特に容姿や文化がとても近い韓国人のチンゾーは、世界的に見れば兄弟みたいなものであり、格別の親近感がある。ツーといえばカーとまではいかなくても、何を考えているのか、どう感じているのかは察しがつく。それはチンゾーも同様のようで、ほとんどみんなの会話に加わらない彼も日本人の僕には話しかけてくることがあった。


トレッキング二日目の夜。羽虫の群がる白熱灯の下、ビールとギターで盛り上がるメンバーたち。僕はみんなの調子に合わせることができず、風邪気味だったこともあり早々に寝袋に入った。まもなくチンゾーが隣にやって来て寝支度を始めた。彼を追ってきたアブラハムが「どうしたの?楽しくない?」とチンゾーに尋ねた。その答えを僕は寝たふりをしながら聞いていた。


"Culture is very different..."


英語がつたない彼が絞り出したその答えに何が含まれているのか、僕は痛いほど分かった。みんな悪い人間ではなかった。多少ノリが違ったって、言葉が違ったって、一緒に騒いで楽しむことはできるかもしれない。けど、チンゾーや僕はそういうことを上手にこなせるタイプではないのだ。そして、それができない自分を情けなく思い、苛立ちを感じているのだ。


日本でもときどき顔を出す自分の嫌いな一面がしゃしゃり出てきて、夜のジャングルの中で悩む。自分を変える努力をするべきなのか、自分は自分と割り切る強さを身に付けるべきなのか。



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