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◆旅の雑記帳





06.大峡谷にて(2)

アメリカ、1999年7月



朝の4時半。外は暗い。ふくらはぎの筋肉痛が気になるが、昨晩のビーフシチューが効いたのか、思った以上に体力は回復している。手早く朝食を済ますと、レンジャーに勧められたブライトエンジェルトレイルを歩き始める。


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朝の光で輝いている絶壁を遠くに見つけて歩を速める。太陽が高く昇る前にできるだけ距離をかせぎたい。ステッキを手に歩く老夫婦や大きなバックパックを担いだ女の子を追い抜きながら先を急いだ。昨日こっぴどくやられて自信をなくしていたのが嘘のように、足取りは軽かった。


夕食の席で「お前はやせすぎだ。もっと食べろ」としきりにビーフシチューとパンのおかわりを勧めてくれたミズーリ出身のおじさんが言っていた。「コロラドというのはスペイン語で『泥』という意味なんだよ」と。けど、今隣にあるコロラド川は冷たく深い藍色だった。


コロラド川を後ろに残して、上り道を進むようになってもブライトエンジェルトレイルは飽きることがなかった。ときどき現れる青々とした木々や足元を流れるせせらぎに五感が潤う。何より人が多いのが心の支えになる。レンジャーの話によれば昨日歩いたサウスカイバブトレイルは、日陰が少なく水場もないハードなルートだから勧めないとのこと。どうりで人がいなかったわけだ。


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太陽が完全に顔を出しつづら折の坂道が続くようになると、もはや楽しいトレッキングなんて言ってられない。どれぐらい進んだかな、と上ってきた道を振り返ると、さっきの地点から直線距離にして50メートルも進んでいない。やめればいいのに、カーブを一つ折り返すたびに不毛な確認作業を生真面目にやってしまう。


顎を出しっぱなしの僕にはいささか嫌味なほど、軽快な足取りで下りてくる日本人のおっさんとすれ違った。聞けば日帰りでファントムランチとの往復をするという。「僕ね、ホノルルマラソンで三位だったの」と誇らしげに言う彼は実に頼りなげだったが、無事日帰り往復を果たせたのだろうか。


後半で高低差を一気に詰めるというトレイル設計と太陽の動きがタッグを組んでトレッカーを苦しめる。精神的にも体力的にも辛いつづら折が延々と続き、高温・乾燥の気候はその厳しさを増す一方。水で全身を濡らしても救われるのはほんの一瞬で、後に残るのは下着のゴムだけが微妙に湿っている不快感。それが分かっていても、水場に出くわすたびに一瞬の快楽に身を投げるのを制することはできない。慣れた人は霧吹きを持っている。試しに顔や首にシュッシュッとやってもらうと昇天しそうになった。


最後の水場となる休憩所ではちょっといいことがあった。朝から何度か顔を合わせていたアメリカ人の女の子(可愛い!)が「頂上でまた会おうね」と声をかけてくれたのだ。が、イキのいい日本男児っぷりを披露することはできず、それから先は日陰があるたびに座りこんでしまった。


あせらずたゆまず着実に歩を進める年配のトレッカーは尊敬に値する。休んでは力を絞り出して少し歩き、また休むということを繰り返している僕は、年配トレッカーを追い越しては追い越される。まるでウサギとカメだ。そして本当にあのウサギのように僕は途中の岩陰でうとうとと眠ってしまった。その眠りから覚めると、早く解放されたくてまっしぐらにゴールを目指した。


永遠に続くかと思われた上り勾配が平坦になり、ずっと目の前にあった絶壁がなくなる。後ろを振り返り視線を遠くに下ろしてやると遠近感がぼやけた。軽く助走をつけてジャンプすれば、数時間前に自分が歩いていた場所にストンと着地できそうな気がする。しかし、体の疲れがそれは錯覚だと告げている。


ファントムランチを出発して八時間が経っていた。


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グランドキャニオンと別れの日。


帰りのバスに乗り込む前に見納めをしようと展望台を訪れたときだった。あまりにも静的で慣れてしまえば退屈とも感じていた日中の景色の中に動くものがあった。それはセミでもなく、ガラガラヘビでもなく、トレッカーの姿でもない、もっともっと大きなものだった。


ひょっとしたらこんなに大きなものが動いているのを見たのは人生で初めてのことかもしれない。そいつは悠々と谷の中を泳ぎ、ときに岩肌を飛び移っていた。バスの発車時刻を気にしながらも、次から次と流れ行くそいつから僕は目を離すことができずにいた。



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