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◆旅の雑記帳





11.スローボートに吹く風(1)

ラオス、2000年2月



Tシャツ、短パン、ビーチサンダルの格好に毛布を巻きつけてミノムシのようになる。それでも体が凍てつくほど冷房が効いた夜行バス。この過剰サービスを有難がっている乗客は一人としていないだろう。車掌兼運転手の男だってそこまで暑がりではないと思う。それなのに、この理不尽な冷房地獄は翌朝バスを降りるまで一瞬の緩みもなく続いた。


さて、冷凍バスに揺られて到着したのはタイ北部の国境の町であるチェンコン。バスを降りると体が溶けていくような感覚が気持ちよくて、まとわりつく暑さをこのときばかりは歓迎した。道路沿いに並んでいる食堂からはパクチーの匂いを含んだあさげが僕を誘っているが、それを断ち切るように国境へと急いだ。急ぐ必要は何一つないのだが……。


国境はすぐに見つかった。線が引いているわけではない。ゲートも柵もない。ただ次から次と水が流れている東南アジア一の大河、メコン。それが国境。向こう岸はラオス。橋はない。岸につながれた小さなボートが僕を未知なる国へと運んでくれる。


緊張感のかけらもないイミグレーションで出国スタンプを押してもらうとボートに乗り込む。船頭が櫂を操って水面を滑るように、といけばオツな国境越えだが、レバーを二、三度勢いよく引っ張られたエンジンからはけたたましい音が鳴り響いた。その現実に一瞬興ざめするが、これこそがエネルギッシュで気取らないアジアのリアルな風情と言えよう。


隣に座っていたラオス人が流暢な日本語で話しかけてきた。無駄のない筋肉のつき方、顔から足まで見事に焼けた肌、身軽な荷物。どこから見ても立派なラオス人の彼、実は日本人だった!階段がもう一段あると思ってたのになかったくらいの衝撃を受ける。


アジアを旅しているうちに、トイレで大きいほうをしたあと、紙を使わずに水と左手を駆使することに病みつきになった経緯を遠くを見つめながら話すゲンちゃん。ニヶ月後には地元名古屋の銀行に就職するという……。


大河メコンの川幅は拍子抜けするほどで、河口付近の淀川のほうがよっぽど広い。あっという間に舟は接岸され、ラオスへの入国審査もあっさりと通過する。「チェンジマネー?」と声をかけてくる胡散臭い輩も、国境特有の猥雑とした活気もなく、国が変わったことを確かに示してくれるのはパスポートに押されたスタンプだけ。


ゲンちゃんも僕と同じく、ここからはスローボートを使ってラオスの古都、ルアンパバンを目指すというので、一緒にボート乗り場へと向かう。ここフエサイからルアンパバンまではスローボートでニ日の行程。同じ距離を数時間で暴走するスピードボートなるものもあるが、ときどき振り落とされて水死する旅行者が出るという噂だ。僕にとってニ日を数時間に圧縮することは大した意味を持たない。料金も安く、安全で、しかもメコンの景色を十二分に楽しめるスローボートを選ばない手はない。


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ボートは予想より大きかったが、それ以上の乗客が詰め込まれた結果、難民船の様相を呈している。席取り合戦が落ち着きボートが動き始めると、むき出しのエンジンからは爆音とオイル臭が丸漏れであることが発覚。そして、またがやがやと席取りの仕切り直しが行われる。エンジンのすぐ横に荷物を置いてしまった僕らは間違いなく負け組みだったが、滑りやすい梯子を登りペコペコのトタン屋根に上がると、勝ち組も負け組みも等しく快適に過ごせる場所があった。


メコン川を急がずに進むボートに吹く風は心地よく、多くの乗客が屋根の上で思い思いの時間を過ごしていた。ボートから見える景色は絶景というものではないが、遠くに見えていた集落や小舟が徐々に大きくなり、そして横を流れ、またゆっくりと後ろに遠ざかっていく様は見ていて飽きることがなかった。


予定どおり夕方にはパクベンという村に到着した。僕とゲンちゃんに、ボートで知り合った大悟も加わって宿探しを始めるが、宿の並ぶ一画とは逆の方向に来てしまい、僕ら以外の旅行者は誰もいなくなった。代わりに、好奇心旺盛な子どもたちが様子見の距離を保ちながら集まってきた。


その中にワラ束を地面に打ち付ける女の子がいた。ワラ束を打ち付ける意味はよくわからなかったが、遊びではなく家事の一部であることはわかる。はにかんだ表情がとても印象的な女の子で、僕が興味深く見ていると藁打ちの勢いを増して少しだけ得意気な顔をした。幼い弟たちは藁打ちを遊びにしてしまって、お姉ちゃんの足を引っ張っているに違いなかったが、弟たちに「もう!」という仕草にはすでに母性の優しさがあった。


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他にも好奇心をむき出しにしてウズウズしているチビ集団がいた。僕のコロ付きのバックパックを興味津々で見ていたチビたちにそれを貸してやると、チビ同士で奪い合い、それを勝ち取った男の子がバックパックを転がし始めた。まわりのチビたちもそれを囲みながら無邪気にはしゃいでいる。「こらこら」と早足で後を追うと、ますます興奮して土が踏み固められただけの道を猛ダッシュし始める。


僕の荷物が激しくジャンプしているのを見て、「とまれぇ!!!」と声を上げて本気で追いかけた。チビたちは全員で立ち止まってこっちを不思議そうに見ている。土埃にまみれたバックパックを取り上げると、無垢な好奇心の対象は僕の口元に移って、「とマれ?」、「トまれ!」と口真似をしている。


そのチビたちを見る僕の顔は、きっと困りながらもにこやかだったと思う。



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