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◆旅の雑記帳





12.スローボートに吹く風(2)

ラオス、2000年2月



本格的な闇がもうそこまで降りていた。子どもたちの輝きを見せてもらった代償に、宿探しは困難になった。それでも大悟はなんとか相部屋のベッドを確保したが、ボート置き場を仕切っていた男から「ボートで寝てもいいよ」と聞いていた僕は初めから真面目に宿探しをする気がなかった。ゲンちゃんにこの話をするとまんざらでもない様子で、メコンに浮かぶボートを一晩の寝床とする話に乗ってきた。


パクベンには他のスローボートでやって来た旅行者もいて、日本人同士でなんとなく集まって晩飯を食べることになった。場を占めている話題はなぜかDragon Ash。ラオスの辺境でDragon Ash。そして飯が終わると、「ハッパでも吸うか」というノリになった。「マリファナ」と言うとおどろおどろしいが、「ハッパ」と聞くと軽く吸ってみようかという気になるから怖い怖い。


こんな小さな村でも「ハッパ?」と声をかけてくる男には困らず、ハッパにうるさいDragon Ash好きの一人が「この程度の質か……」、「まけてよ」とかやりながら売人と交渉をしている。僕は一度だけチェンマイでジャングルトレッキングに参加したときに吸ったことがあったが、そのときはキマらなかった。「キマる」というのはハッパが効くことをいう。人によって気持ちよくなったり、幻覚が見えたり、笑い上戸になったりとキマり方はまちまちらしい。


ハッパ男が丁寧にハッパをパイプに詰める。小さな赤い炎がジュっと音を立ててハッパを燃やすと、ほのかに甘い匂いが辺りを漂う。メコンの傍で車座になってパイプを回す。二度、三度と僕は初めてのときよりも大胆に吸ってみるが、別になんてことはない。みんなも同じリアクションだ。ハッパ男が痺れをきらしてタイで手に入れたという極上モノを取り出した。


天空には所狭しと散りばめられた星が瞬いている。「すげぇ」という言葉がパイプを待つ者たちから漏れる。日本を出てから七ヶ月、いろんな場所で星空を見上げてきたが、パクベンの星空は確かに他を圧倒していた。メコンの対岸に目をやると、無数の星に縁取られてその輪郭が際立ち、闇に溶け損ねた黒い山があった。


「極上モノ」という響きに対する先入観のためか、あるいは本当にキマッたのか、「気分が悪い」と言い出す者もいれば、にわかに黙りこむ者もいた。「眠たくなってきた……」と野暮なことを言っているのは、僕だった。ハッパなんかやらなくてもいつも口にしていることだ。「これだ!」というようなキマった実感を得られないもんだから、僕は半分いじけて星空鑑賞のために仰向けに転がった。


すると、星に異変が起こった。それぞれの星が分裂を始め、その数を二つ、三つと増やしているのである。星に紛れた人工衛星は編隊を組んで夜空を横切っている。どうやらその分裂ショーは僕にだけ見えているらしい。無数の星がさらなる無数へと増えていくのを、まどろみに埋もれつつまぶたの隙間から見ていた……。


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翌朝、エンジンの音と振動に慌てて目を覚ます。そして、寝袋にくるまってボートの上で寝ていた自分を知る。ゲンちゃんも飛び起きて放心していた。二人で記憶の糸を手繰り寄せて、「極上モノ」の極上たる所以に感嘆した。


霧に覆われた早朝のメコンは肌寒い。ボートが動き出しても全員が船内でじっとしている。僕は一人、まだ誰もいない屋根に上った。肌にぶつかる冷気に体が小刻みに震えるが、メコンの朝を独り占めしているという優越感が船内に戻ることを押しとどめた。


しばらくすると、エンジン係のラオス人の青年が上ってきた。口数の少ない青年は目が合ってもにこりともせず、トタンの上に仰向けになって目をつぶった。愛想もクソもないヤツだが、彼が来たことによってどこを見ても山と川だけだった風景の据わりがよくなった。


今日も一日、こうやってスローボートに揺られてメコンの風に吹かれてればいいんだと思うとなんだか無性に嬉しくなってきた。そして、Tシャツ一枚で横になっている彼は寒くないのだろうかと考えながら、僕はトタンの屋根が温まるのを気長に待つことにした。


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