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◆旅の雑記帳





13.負けず嫌い

ボリビア、2002年3月



朝の光で気持ちよく目覚めたくて窓付きの部屋を選んだのに、方角がまずかったのだろう。わずかに部屋に差し込む光は、まるで映写機のように空中に舞う埃の存在を目立たせているだけだった。さっきまで見ていたはずの夢の中身はもう思い出せない。


使い勝手が悪いシャワーでたまっていた垢を落とすと、散歩でもしようとまだ少し濡れた髪のままフロントの青年に鍵を預けた。彼は鍵を受け取ると、僕のバッグを指差して胸元で抱え込むようなジェスチャーをする。そして笑いながら「わかった?」と。大げさに注意してくれているのだろう。軽くうなずき返し、重たい木製の扉を開けた。


そこで目に飛び込んできたのは趣のある石畳の坂道でも、この町を有名にしている錆色の鉱山でもなかった。鋭く射抜くように僕の目に突き刺さるもの。それは汚く陽に焼けた男たちの視線だった。深く被った帽子の奥から。顔の前に広げた新聞の向こうから。


治安が悪いというイメージをそのまま絵にしたような光景を前にして、それ以上動けなくなった。「怖い」と思った。回れ右をして、さっき閉めたばかりの扉を開ける。青年が「どうしたの?」と表情で問いかけてくる。僕はそれに引きつった笑顔で応じるのが精一杯だった。


そして自分を騙し、平静を装うかのようにマテ茶とビスケットパンの朝食をとることにした。


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三日前、ボリビア第二の都市サンタクルスで自分は警官だと主張する男に呼び止められた。「ニセ警官」という詐欺の手口は知っていたので、「パスポートを見せろ」と凄む相手に「宿に置いてきたんだ」とひとまずの逃げ道を確保した。


男と並んで宿に向かうことになってすぐのことだった。一台の車がすぐそばで急ブレーキをかけて停車。あっという間に車に押し込まれ、「麻薬の取締りだ」と主張する男が僕のカバンやポケットをくまなくチェックした。もちろん、麻薬は見つからない。男がいらだったように「もういい!」と声を荒げ、気が付くと僕は車の外に放り出されていた。


カバンも財布も手元にある。何も盗られてはいない。なんだったんだ?本当に警察だったのか?しばらく放心状態。財布とマネーベルトから現金とトラベラーズチェックだけがきれいに抜かれているのに気が付いたのは少し冷静さを取り戻してからだった。


しかし、まだ旅が続けられるだけの所持金はあった。パスポートも無事だった。トラベラーズチェックは再発行できる。たらい回しにされながらも警察で盗難証明書を手に入れると、僕は気を取り直して旅を再開することにした。


サンタクルスから一日半バスに揺られて、世界一標高が高い町と言われるポトシに到着。バスで仲良くなったサッカー青年が安宿まで送ってくれた。その宿で応対してくれたのは愛想のいい美人のお姉さん。気分は底を打って、上向き始めていた。


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……上向き始めていた。そう思っていただけに、断ち切ったはずのニセ警官の影に怯え、ポトシの町に一歩踏み出した途端に動けなくなってしまう自分を知って困惑した。動揺を沈めるため、外とは隔絶された宿の隅で時間をかけながらマテ茶を飲む。柔らかい光が窓から差し込んでいた。


そのとき、「日本人か?」と声がかかった。どことなく粗野な感じのする声の主はスウェーデンの男だった。ウユニ塩湖を見るためにはるばるボリビアまでやって来たというのに、ポトシが気に入りそのまま長居。そして、ウユニを見ぬまま、明日にはボリビアを去るというテキトーな男だった。残念そうな口調で話してはいるが、自分の旅に満足している様子が表情や言葉の端々でわかる。テキトーに見えて、実は「テキトー」っていうスタイルを貫いている格好いいヤツなのかもしれない。


この男みたいに流されるように旅するのにも憧れるが、僕は当初の目的はきちんと達成したい人間だ。ましてや人為的なトラブルのせいで自分の進路を大きく変えられるのは耐えられない。僕もウユニ塩湖に魅かれてボリビアにやって来た。となれば、やはりなんとしてもウユニに行くのが僕のスタイル。そうすることでニセ警官のことは単なるネタの一つとして笑い話にできるようになるはずだ。ニセ警官に自分の旅をぶち壊されるかどうかは自分にかかっているんだ。


互いに"Good luck!"と交わして男と別れ荷物をまとめると、再び重たい扉を開けた。相変わらず怪しげな男たちの視線は感じたが、先ほど鋭利なものではない。怖くないと言えば嘘になるが、それより「行かねば」という気持ちが勝った。僕は足早になりすぎないよう石畳の坂道を下りて行った。坂が終わると線路が横切っていた。線路脇ではインディヘナの女性がくたびれた野菜を売っている。その前に無造作にバスが停車するだけのターミナルがあった。


決然と宿を出たのに、また思い悩む。今、持ち金に余裕はない。ウユニをパスすればずいぶんと楽になる。金銭的、時間的、体力的、そして精神的にも。マチュピチュさえ見られれば十分。イグアスだって見たんだし。ウユニをあきらめる自分への慰めは用意できた。


さて……。


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