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写日記13.ジャングルに浮かぶ神殿グアテマラ(ティカル遺跡) 2007年10月12日〜13日 国境越えのボートを降りると、メキシコペソの残りを狙った両替屋たちと物乞いの子どもたちが群がってきた。どちらもそれほど押しは強くないのでほっとするが、メキシコでは経験しなかったことだ。国境からティカル観光の拠点となるフローレスのミニバスはすぐに発車するはずなのに、まったく無意味(と思われる)な一時間の待ち時間。でも、一緒に国境を越えた多国籍の旅行者たちも「これがグアテマラだよ」と別に慌ても、急ぎもしない。
ようやくミニバスが動き出すと未舗装路であることに気付かされる。絶え間ない振動が体を上下に揺らす。外には最低限の手入れで成り立っているようなトウモロコシ畑。自分の中に興奮と緊張が同居しているのが分かる。予想以上に快適な国だったメキシコを離れ、いよいよ旅が始まった、という感が湧き上がってきた。
あるときを境に体が震えがピタッと収まった。舗装道路のありがたさをしみじみと感じる。そしてフローレスまでやってくると国境辺りのサバイバル感は消え失せ、旅行者向けの宿やレストラン、インターネットカフェが立ち並んでいた。 遺跡にそれほど食いつかない僕がティカルだけは行ってみたいと考えていたのは、モニュメントバレーのときと同じく石田ゆうすけさんの影響だ。早朝ジャングルを覆っていた霧が晴れ、そこにそびえ立つピラミッドが徐々に姿を現す様子は世界の絶景の一つに入ると述べていた。もともと僕は「ジャングル」という言葉に過剰に反応しがちなので、これは行っとかないと、となったわけである。 ところが調べてみると個人でティカルを訪れる場合、公園内に入ることができるのはゲートが開く6時以降で、この時期の日の出は5時過ぎ。要するに日の出前後のティカルの姿の移り変わりを鑑賞するには割高なツアーに参加するしかないという理不尽なシステムが完成されていた。 それでもまだ暗いうちにピラミッドに登り、ティカルの夜が明けていくのを見たかった僕は(嫁さんはさほど興味なし)プラスαの出費を仕方ないものとし、ツアーに申し込むことにした。旅行代理店のおっちゃんがすごく感じのいい人だったことも決め手だった。
午前3時にフローレスの町をツアーバスは出発。ティカル遺跡のゲートまでは1時間半ほど。ツアー客用に用意されたトラックの荷台に乗り込むと、ティカルで一番高いピラミッドである四号神殿を目指す。 暗闇の中、ヘッドライトに映し出される木の枝をよけつつ、大きく跳ねる荷台で踏ん張りながらジャングルの中を分け進むのは雰囲気があって楽しい。そしてさらに雰囲気を盛り上げるかのように、獣の吠える声が聞こえてくる。ときには彼方から遠吠えのように、ときには僕らを威嚇するようにすぐ傍の茂みから。ジャガーに違いない! 四号神殿の頂上へと至る階段を懐中電灯で足元を照らしながらゆっくり上る。修復中で鉄のパイプが組まれているのが目障りだが仕方ない。日の出まではまだ時間があるが、地平線の向こうにあるはずの太陽がほんのりとジャングルを闇に浮かび上がらせている。そして、霧がその濃度を変えながらも消えることはなくジャングルを覆っている。 ジャングルのあちこちでジャガーが吠え、鳥たちがさえずり始める。徐々に空が白けてくる。ガイドは気をきかせてこのときばかりは何も語らない。動物たちの声だけがこだまするティカルの夜明け。
霧と雲に隠されて太陽は姿を見せないが、確実に朝になったのを見計らってガイドが話し始める。それによると「絶対ジャガーやで!!」と興奮していたあの鳴き声の正体はハウラーモンキー(ホエザル)とのこと。ちょっとがっかり。 四号神殿を下り、本格的にガイドが始まる。ガイドはスペイン語訛りのないきれいな英語を話すので、僕にとっては逆に流暢過ぎて聞き取れないことがしばしばある。あまり英語が得意でないスペイン語圏の人が話す英語のほうが僕には易しかったりする。 今は雨季らしく、すっきり霧が晴れ太陽が顔を出すことはなかなかない。しかし、うっそうとしたジャングルの隙間に霧のベールに包まれた神殿が見えるのも悪くない。神殿群のほかにもコウモリが棲みつく「コウモリの宮殿」、ティオティワカンの影響を受けたと言われる「失われた世界」、昔の住居跡と考えられる「セントラルアクロポリス」などを見て回った。
飽きっぽい僕は途中からどの遺跡も同じようにしか見えなくなってきて、動物を見つけることのほうがメインになってしまった。ハナグマの家族に、ハウラーモンキー、スパイダーモンキー(クモザル)、ほかのグループのガイドが持っていたタランチュラ、たった今土から這い出てきたセミの幼虫、蛍光オレンジ色のちっちゃいムカデみたいなもの。どれも遺跡の一つ一つよりも鮮明に覚えている。
ティカルは言うまでもなく偉大なるマヤ文明の繁栄ぶりを現代に伝える貴重な文化遺産だが、世界複合遺産としてユネスコに登録されていることからも分かるとおり、ティカルを飲み込んでいるジャングルと一体となっているからこそ魅力あるものだと思う。急勾配の階段を有する三号神殿に上ると、見渡す限りのジャングルの中にポツンと神殿が頭をのぞかせているのを見て強くそう感じた。これがティオティワカンみたいにのっぺりとした感じだと案外つまらないかもしれない。 一つ一つの遺跡は途中でどれがどれだかわからなくなる程度しか僕の心には訴えてこなかったが、総体としてのティカル遺跡はやっぱりいいもんだと思った。
フローレスに戻ると夜10時のバスの出発時刻まで半日残っていた。親切な旅行代理店のおっちゃんにまた甘えて荷物を置かせてもらい、ゆっくり昼食を食べたり、フローレスの町を歩いたりして時間をつぶした。 ティカルばかりに目がいって、フローレスの町をないがしろにしていたがここも魅力的な場所だった。町の道は石畳が美しく、荷物を転がすには具合が悪いが景観的には映える。湖畔にある町なのでなんとなく風通しがいい。治安もすこぶるいい。もう少しゆっくりしてもよかったかな、と少し後ろ髪を引かれつつ僕らはグアテマラシティ行きのバスに乗った。
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