[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
![]() |
|
◆夫婦で世界一周 |
|
◆ホーム
|
写日記36.熱きアンダルシアスペイン(グラナダ、ネルハ、セビーリャ) 2008年4月24日~4月30日 バルセロナから夜行列車でグラナダにやって来た。ほんの数日前までグラナダという町の存在なんて知らなかった。スペイン南部のアンダルシア地方にあるこの町を次の目的地としたのは、名前だけは聞いたことのあるアルハンブラ宮殿がグラナダにあること、そしてアルハンブラ宮殿がなかなかいい、ということをバルセロナでほかの旅行者から聞いたからだった。
今のスペインがイスラム教徒に支配されていた時代があったということを恥ずかしながら知らなかった。イスラム芸術の結晶と評されるアルハンブラ宮殿が、アラブ圏ではなくスペインのグラナダという町に存在するのはそういう歴史があるためだ。 僕らが宿をとったアルバイシンと呼ばれる地区はアラブ人が建設した街区で、狭い路地が複雑に絡み合い迷路みたいになっている。加えて坂の多く、大きな荷物を持って宿探しをするのは大変だったが、身軽になればアラビックな異国情緒が楽しめる場所だった。 アルバイシンにある展望台からはアルハンブラ宮殿が谷の向こうに見える。展望台に集まる観光客を当てにした大道芸人がピーヒャラやっていてにぎやかだが、日が暮れるころには静けさを増し、周辺の路地の隙間からは紫色に染まった空が小さく見えていた。
アルハンブラ宮殿は広大な敷地の中に宮殿、要塞、庭園、離宮などを擁する。最初に訪れた軍事要塞アルカサバは無骨な建物だが、築かれてから千年以上経過したおかげで、今は観光客を過去に誘う雰囲気を持ち合わせている。高台に建っているので通り抜ける風や眺望が気持ちいい。一方、宮殿内の壁や天井の装飾は気が遠くなるほど精緻で、力づくですごいと言わされてしまう。
でも、僕らが一番気に入ったのは庭園の美しさだ。水と緑の中に敷かれた歩道を歩いているだけで、ピクニックに来たような楽しさがある。レンガの壁をバックにした赤いバラはアンダルシアの空気によく合っていたし、日陰を提供してくれる藤棚もよかった。この中に部屋を借りて住みたいと思うような好ましさがアルハンブラ宮殿の魅力だった。
アルハンブラ宮殿もよかったが、グラナダでの一番の思い出はバル巡り。グラナダではビールを一杯頼むと、無料でタパス(つまみ)が一品ついてくるというシステムがとられている。ビール一杯がだいたい1.7ユーロぐらい(約250円)。ビール以外にサングリア(赤ワインに果物、砂糖を入れたもの)なども頼める。 タパスはタコのから揚げやミニハンバーガー、牛串焼き、オムレツなどいろいろ選べる。タパスを選べない店もあるが、それはそれで何が出てくるのかという楽しさがある。少ない予算で腹も満たされ、ほろ酔いにもなれるグラナダのバルで過ごす時間は幸せだった。
グラナダの次はアンダルシア地方特有の白い町並みを見るためにネルハという町を訪れた。ネルハからバスで三十分ほど揺られると「スペインで最も美しい村」に選ばれたこともあるフリヒリアナに到着する。 確かに白い。白すぎてまぶしいほどだ。観光地でもあり、リタイアしたヨーロッパの金持ちが住む村はやはり美しかった。石畳の道がところどころで模様を作り、家の白壁には花や陶器が飾られ住む人のセンスを競っているようだ。
地中海の強い日差しが降り注ぐ中、買い物袋を手にした主婦が石畳の坂道をゆっくりと上っている。家に戻れば、外の光を遮った涼しい部屋で一息つき、晩御飯の支度を始めるのだろう。日陰を選びながら自転車を押して歩いている男の子には、家でお母さんの手作りクッキーとジュースが待っているに違いない。 ……そうやって住民の幸せな生活を空想してしまう村だった。ただ美しい町なんて自分は興味がないと思っていたし、例えばどこかの高級住宅街などを歩いてもそんな空想は働かない。何がそうさせるのかは分からないが、地中海を見下ろすフリヒリアナの純白の町並みは、そのまま僕に幸せを短絡させるものを持ち合わせいた。そして、ここに住む人を僕はうらやんだ。
三時間ほど当てもなく歩き回った。白壁のまぶしさに目も疲れてきて、この町の退屈さや老人の多さに目がいくようになった。少し前までこの村に感じていた嫉妬心は消え、やっぱり若いうちは都会に住まなきゃ、なんて考えていた。まったく、飽きっぽいというかなんというか……。
そして、フリヒリアナ観光の拠点としたネルハ。こちらは「ヨーロッパのバルコニー」との異名を持つ地中海に面した保養地で、フリヒリアナにも増して老人の姿が多い。僕たちにはどう転んでも不釣合いな場所だった。 だから地中海を眺めて、この向こうがアフリカかぁ、と無理矢理旅情を掻き立てたほかは特に何もしなかった。スーパーで買った最高級生ハムのイベリコハムとオリーブをつまみに部屋でビールを飲んだのがネルハのハイライトだった。
スペイン最後の訪問地はセビーリャ。アンダルシア地方の州都で最大の町。観光には外せない歴史的建造物がいくつかあるが、ガウディ建築とアルハンブラ宮殿だけでお腹いっぱいの僕らはほとんど興味を持てなかった。
スペインに入国以来ずっと見たいと思いながら見逃し続けてきたフラメンコ。本場のセビーリャでやっと見ることができた。飲食代を払うだけでフラメンコは無料で見られるという場所だったので、あまり期待はしてなかったのだがいやはや。 ショーを見せてくれるのは踊り手の女性、歌い手の男性、弾き手の男性の三人。最初はギターの音に合わせて歌い手の男性が歌う。踊り手は座ったままで手拍子で調子を整えている。素手の手拍子は空気を大きく弾けさせ、力強い。観客がざわつくと、踊り手が不機嫌な表情をあらわにして、歌い手の男性が静かにするよう注意を促す。 そして、気分で決めるのか、曲で決めるのかは分からないが、女性があるときすっと立ち上がる。そしたらもう彼女の一人舞台。手の打ち方、足の打ち方、そして全身の動き。どれもきれいとか上手とかではなく、迫力がある。「上手さ」が目立つアルゼンチンのタンゴよりも心に響いてくる。 こう言っちゃなんだが、踊り手の女性は決して美人ではない。それだけに踊りそのものに説得力があった。魂を揺さぶる何かが潜んでいることをはっきりと知覚することができた。
地元民と観光客が半々ぐらいのこの店では、途中で素人参加コーナーみたいなのがあった。ここで明らかに酔っ払いのオヤジが舞台に出てきて熱唱。そして、素人の女性も舞台に上がってきて、二人でフラメンコのデュエット(?)を始めた。これはこれでなかなか。
でもその後、舞台に再登場したプロの踊り手はやはり格が違う。迫力が全く違うのだ。その迫力は動き、音、そして表情から生まれている。上手く踊るのに必死な素人の踊りはビールを片手に見る余裕があるが、プロの踊りからは目を離すことができない。 その動きに見入ってたら時間が速度を上げていくようだった。あともう少し……、という絶妙な未練を僕の中に残して、アンダルシアの夜は更けていった。
|